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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)2295号 判決

控訴人 東邦商事株式会社

右訴訟代理人弁護士 樋口光善

被控訴人 富田キチ

右訴訟代理人弁護士 榎本精一

同 石葉泰久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。別紙目録〈省略〉記載の土地が控訴人の所有であることを確認する。被控訴人は控訴人に対し右土地につき昭和四〇年五月六日東京法務局北出張所受付第一三八八一号を以てなされた所有権移転仮登記の本登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は、請求原因としてつぎのとおり陳述した。

一、控訴人は、昭和四〇年四月一二日被控訴人からその所有にかかる別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を代金二〇万円で買受ける契約を締結し、同年五月六日東京法務局北出張所受付第一三八八一号を以て右売買を原因とする所有権移転の仮登記手続を了した。

二、仮りに、右売買契約が控訴人と被控訴人との間において直接締結されたといえないとすれば、控訴人はつぎのとおり主張する。すなわち、右売買契約は、訴外秋山光輝が被控訴人を代理して締結したものであるが、同人は訴外竹野国太郎、同上野幸信等を介し、本件土地を担保にして控訴人から金員を借り受けるにつき被控訴人から代理権を授与されていた。そして、秋山は右竹野、上野等を介し被控訴人から実印、印鑑証明書、委任状を預かりこれを所持していたので、仮りに、秋山が本件土地の売買につき被控訴人を代理する権限を有していなかったとしても、控訴人において秋山を正当な代理人と信ずるにつき正当な理由があった。従って、右売買契約は控訴人と被控訴人との間において有効に成立したものというべきである。

三、しかるに、被控訴人は本件土地の所有権を争い、所有権移転登記に応じないので、控訴人は被控訴人に対し本件土地が控訴人の所有に属することの確認を求めるとともに前記所有権移転仮登記の本登記手続を求める。

被控訴代理人は、答弁として、控訴人の主張事実はすべて否認する、と述べた。

証拠〈省略〉。

理由

一、〈証拠〉によれば、被控訴人所有の本件土地に控訴人主張のような所有権移転仮登記がなされていることおよび右仮登記は控訴人が仮登記仮処分の方法によってしたことを認めることができる。

二、そこで、本件土地につき、控訴人と被控訴人間において控訴人主張のような売買契約がなされたか否かについて検討する。

〈証拠〉を綜合すれば、訴外竹野国太郎は、昭和二三年頃被控訴人から本件土地を賃借し、右土地上に木造瓦亜鉛メツキ鋼板交葺平家建居宅兼倉庫一棟建坪二二坪三合八勺の建物(以下本件地上建物という)を所有していたが、本件土地を被控訴人から代金八〇万円で買取り、右地上建物を改築して建坪約四五坪の二階建家屋を建築することとし、右土地代金は頭金として金二〇万円を支払い、残額は一年間の割賦弁済とすること、右土地代金および建築に要する資金は、本件土地および地上建物を担保に供して他から融資を受けて調達することなどを計画し、被控訴人にも右計画を打明けてその承諾を得ていたこと、そこで、右竹野は、昭和四〇年四月初頃大工職で右計画に協力していた訴外上野幸信に対し、本件土地および地上建物を担保として他から約金一二〇万円の融資を受けることを依頼し、被控訴人から印鑑および印鑑証明書等の交付を受け、かつ、被控訴人の右印鑑を使用して被控訴人名義の白紙委任状(甲第五号証の四)を作成し、これらの印鑑、印鑑証明書および委任状等を一括して右上野に交付したこと、右のように竹野から依頼を受けた上野幸信は、さらに、金融ブコーカーである訴外古沢某、同守矢誠一郎等に前記物件を担保に約一二〇万円の融資の斡旋方を依頼したところ、同人等を通じ、同じく金融の斡旋などをしていた訴外秋山光輝から控訴人に対し金融の申込がなされ、同時に被控訴人の印鑑証明書、白紙委任状等が交付されたこと、ところが、本件地上建物には、他に抵当権等が設定されていて担保価値がなかったところから、本件土地を代金二〇万円で控訴人に譲渡する方法により控訴人から金員を支出することとなり、前記上野は、同月一二日頃かねて預かり所持していた被控訴人の印鑑を使用して、本件土地を代金二〇万円で控訴人に譲渡する内容の被控訴人作成名義の譲渡証(甲第三号証)を作成し、右秋山を通じてこれを控訴人に交付し、同月一四日頃秋山、守矢等を通じて控訴人から金二〇万円を受領し、前同様被控訴人の印鑑を使用して、守矢誠一郎宛被控訴人と連名の領収証(甲第一四号証)を作成し、右守矢、秋山等を通じてこれを控訴人に交付したこと、一方上野から所期の金融の斡旋を受けられるものと考えていた前記竹野は、その頃右上野から金二〇万円しか融資が得られないことを聞き、さきに同人にしていた金策の依頼を解除し、その際被控訴人の印鑑の返還を受けたが、右上野は、本件土地の代金として控訴人から受領した金員を自己の用途等に流用してしまったこと、などの事実を認めることができる。前記上野幸信の証言中右認定に抵触する部分は借信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、右に認定したところによれば、甲第三号証は、訴外上野幸信が依頼の趣旨に反し、被控訴人の印鑑を冒用して作成した文書であり(同号証中被控訴人の署名があるとの点については後述する)、同一四号証の被控訴人関係部分も右同様上野幸信が権限を濫用して作成した文書であることが明らかであるから、いずれも、本件土地について控訴人と被控訴人間に控訴人主張のような売買契約がなされたことを認める証拠となし難い。もっとも、前記秋山光輝、同好光国広証人は、甲第三号証の譲渡証については、同人等が直接被控訴人に面会し、内容を確認してもらったうえで被控訴人の署名をもらった旨証言し、同号証には、被控訴人の印鑑の押印のある前記作成名義と並べて被控訴人の氏名が記載されているが、この記載が被控訴人の自署であるか否かについては、原審における被控訴人本人尋問の結果はきわめてあいまいであって、これを確認することができず、当裁判所の採用しない右秋山、同好光証人の証言を除けば、右氏名の記載が被控訴人の自署であることを確認するに足る証拠がないばかりでなく、右被控訴人本人尋問の結果に、前記認定の経緯、すなわち、被控訴人は本件土地を訴外竹野に金八〇万円で売渡すことにしていて、その資金調達の方法として本件土地を担保に提供することを承諾したことおよび本件土地代金の授受の経緯などを併せ考えると、被控訴人が本件土地を代金二〇万円で控訴人に売買することを確認して右のとおり著名したとまでの心証は得られず、この点についての前記秋山、好光各証人の証言は、にわかに採用できない。なお、甲第四号証にも、本件土地を代金二〇万円で被控訴人から控訴人に売買する内容の記載があるが、同号証は昭和四〇年八月一一日作成された公正証書であって、控訴人に交付された前記印鑑証明書および委任状により、交付の趣旨に反して作成されたことが推認され、前記秋山、好光証人の証言中、被控訴人から公正証書を作成することの承認を得たとの証言部分は措信できないから、同号証も、また、控訴人主張の売買の事実を認める証拠となし得ない。以上のほか、控訴人の全立証によっても、本件土地につき控訴人と被控訴人間に直接売買契約が締結された事実を肯認するに足りない。

三、よって、つぎに、控訴人の表見代理の主張について判断する。

既に認定した前段記載の事実によれば、訴外上野幸信は、訴外竹野国太郎を介し、被控訴人から本件土地を担保にして他から金員を借り受けるにつき代理権を授与されていたところ、右上野は、訴外秋山光輝を介し、昭和四〇年四月一二日控訴人との間で本件土地を代金二〇万円で譲渡する旨の契約を締結したものであって、右上野が右のような代理権を被控訴人から授与されたことを認むべき証拠はないから、同人のした右譲渡行為は、代理権限の範囲を超えてなされたものということができる。(控訴人は訴外秋山光輝を表見代理人と主張しているものであるところ、前段認定の事実によれば、同人は訴外上野幸信と控訴人間の斡旋をしたものと認められるが、表見代理の主張については、訴外上野幸信を表見代理人とする主張を含むものと解して判断する。)

ところで、控訴人は、右上野、秋山等は被控訴人から被控訴人の印鑑、印鑑証明書、委任状を預かり所持して右契約を締結したのであるから、控訴人が右契約の締結に当り同人等を正当な権限を有する代理人と信じたことには正当な理由がある旨主張し、右上野幸信が、前記のとおり訴外竹野を通じて被控訴人の印鑑、印鑑証明書および委任状等を所持していたこと、右譲渡契約の締結に際し、右上野が、既に秋山を通じて交付してあった被控訴人の印鑑証明書および委任状のほか、被控訴人作成名義の譲渡証を作成して控訴人に交付したことは既に認定したとおりである。しかしながら、前記認定のとおり、本件土地については右譲渡契約に先立ち、訴外秋山を介し控訴人に本件土地および地上建物を担保に金一二〇万円程度の融資の申入れがなされていたが、地上建物に担保価値がないところから、本件土地を僅か二〇万円で譲渡することになったものであるから、このような場合金融業者である控訴人としては、たとえ表見代理人が、印鑑、印鑑証明書、委任状等を所持していたとしても、前記譲渡契約を締結する権限については一応の疑念を持ち本人に問い合わせるなどして右権限の有無について調査すべきである。しかるに、本件土地の売買につき被控訴人に確認したとする前記秋山、好光両証人の証言がにわかに採用し難いことは既に説示したとおりであり、その他前記上野等の権限につき適当な調査をしたことを認めるに足る証拠のない本件においては、控訴人が右上野等に前記譲渡契約を締結するにつき代理権があるものと信じたとしても、そのように信じたことについて正当の理由がある場合に該当するとはいえない。従って、被控訴人は、訴外上野幸信のした前記譲渡契約については、本人としての責を負わないものというべきである。

四、以上の次第で、控訴人と被控訴人間に本件土地の売買契約が成立したことはこれを認めることができないから、右売買により本件土地の所有権を取得したことを前提とする控訴人の本訴請求は失当であり、これを棄却した原判決は正当であるから本件控訴はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 多田貞治 裁判官 下門祥人 兼子徹夫)

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